滝順一

「運動の短期記憶」は後頭部にある小脳という場所にまず蓄えられる。もっと詳しく言うと、小脳の表面(小脳皮質)のプルキンエ細胞と呼ばれる細胞だ。この短期記憶はしばらくすると、別の場所に転送されて「運動の長期記憶」となる。引っ越し先となる長期記憶の保管庫は、小脳の中心にある小脳核、または延髄の前庭核と呼ばれる場所だ。 長期記憶に収められると、いわば「体で覚えた」状態になる。いったん覚えてしまえば、例えば、しばらく自転車に乗っていなくても、少し練習すれば、こぎ方を思い出す。 ネズミに動く景色を見せて眼球の動きを訓練させる。1時間連続して猛練習したネズミと、訓練を15分ずつ4回に分けて、間に30分くらいの休憩を置いたネズミを比べてみた。練習終了直後の記憶は違わないんだけど、24時間後に調べると、「連続」は「休憩あり」の半分ほどに記憶が薄れてしまう。 長期に保管されるのは、記憶の概要だけ。完全なものではない。長期記憶を思い出して使う際には、短期の記憶がその都度、付け足され完全な記憶に復元する。自転車にちょっと乗ったりピアノの鍵盤に少し触れたり、少し練習するうちに、体が記憶を取り戻すのだ。 私たちはいつも決まり切った動きをするのでなく、その場に応じて動作を微調整している。がちがちの記憶でないから、柔軟性を発揮できる。演奏や運動をするたびに私たちが常に新鮮な感じを持てるのも、このせいかもしれない。